|
以前の記事
2012年 04月
2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 05月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 カテゴリ
お気に入りブログ
最新のコメント
最新のトラックバック
メモ帳
ライフログ
検索
ファン
|
きょうBSでこの映画をやっていた。デルマー・ディヴィスの傑作西部劇です。50年ぶりに見ましたがやはり傑作です。緊迫感溢れる作劇法で最後は「真昼の決闘」並みのリアリズム西部劇かとおもわせるあたりがあったりするがすがすがしい読後感というか、映画の場合はなんて言うのだろうか、まあ、カタリシスを与えてくれるところがいいのです。グレン・フォードの悪漢役、ヴァン・へフリンの家族愛に満ちてる牧童役、崩れた役どころながら凛とした気品あふれるフェリシア・ファー。このバランスがいい。フェリシアさんに会えてうれしかったです。この人は昔からのフアンでした。この映画の中に出てくる人々が人を見送るときの姿勢がいいのです。へフリンさんの奥さん子供、ファーさんらの人を見送る後姿の美しさには打たれます。遠景の中でそれをきちんと捉えるカメラをほめるべきかな。チャールス・ラングJRかチャールス・ロートンJRか正確な名は忘れたが、かなりほめられるべき撮影だと思います。ディヴィスの演出はどちらかというとガンファイトや派手なアクションより人と人とのふれあいを重点に置く演出で、この作品では彼の特徴が最大限に発揮されてます。公開当時名画座を含め2,3回は見ています。今と違い、昔は一日中映画館にいて、連続で見ることも可能でした。入れ替え無しだから。但し2本立ての場合は見たくない作品も見なくてはいけないから大変です。しかし気に入れば何回でも見られた昔の興行形態はよかったですね。 今日見ていてモノクロスタンダードの画面のきれいなことにびっくりしました。昔公開されたときは、スーパースコープ方式で上下をカットして2.0対1.0のワイドスクリーンで上映されたからです。当時のRKOラジオ映画やコロンビア映画はスタンダードサイズを無理にワイドスクリーンにするため上下カットをしており、私はこの映画を映画館ではスーパースコープで見ました。そのため画面の粒子が荒れてざらざらした画になっておりました。だから余計にハイビジョン画面での鮮鋭さに驚いたわけです。 1955年頃から映画界はワイドスクリーン化が進み、20世紀フォックス映画の世界初のシネマスコープ作品「聖衣」(1953)以後は猫も杓子も娯楽映画はワイド化されていきました。撮影時はスタンダードで撮っていても配給会社が勝手に上下カットのプリントを作りアナモフィックレンズを映写機につけて上映することが増えました。今の3D化より当時は急速にスクリーンのワイド化が進みました。ですからスタンダードサイズの旧作をリバイバルするとき無理やり上下を切ったスーパースコープ物が続出しました。「地上より永遠に」とか「ヴェラクルス」「白昼の対決」などがそうです。 今は信じられないかもしれませんが、ディズニーの「ファンタジア」は戦前の作品ですから当然スタンダードなんですが、曲目に変えてスタンダードとワイドを使い分けて上映するプリントを作ったことです。最初巻別にワイドとスタンダードを分けてたのかなと思いましたが、今オリジナル版をDVDで確かめてみると、曲の途中からでもワイドになったりしてるからプリント作成時につくったものですね。映写は全てアナモつきで映写してたのですね。人間が出てくるオーケストラの実写やミッキー・マウスの「魔法使いの弟子」(この曲を聴くとミッキーが思い出されます)やベートーベンの「田園」などはスタンダードで「春の祭典」「くるみ割り人形」「アベマリア」はワイドになるわけでして、そこまでしなくてもいいじゃんと思いますが、当時のワイド化は映画興行界にとって死活問題だったのですね。 話が変な方向に行きましたが、ワイドスクリーンについての話はまだいろいろありますのでそのうちに。 ![]()
まさか、この題で又何か書くなんて思ってもいなかったのですが、たまたま新しいことを見つけたのでちょっと記すことにいたします。「黒神」については、このブログの2008年1月の『島原の子守唄「黒神」1』以降30回にわたって書いてありますので、拾い読みすれば全貌がお分かりになると思います。 昨年4月「黒神」の監督大重潤一郎さんから電話があり、今彼の一番の協力者である助監督の須藤義人さんが「久高オデッセイーはるかなる記録の旅ー」(晃洋書房・刊)という本を出した、ぜひ読んでくれと言う。了解と言うことで近くの本屋で探したがない。ネット通販でやっと1週間後に手に入れて読みました。大重が今取り組んでいる記録映画「久高オデッセイ」シリーズの制作ドキュメントでありながら、沖縄古代の神々、いや、人間の魂の原点、「ニライカナイ」とはといった哲学的な思索を元に、半身不随ながら自らカメラをまわす大重監督への畏敬の念に満ちた書物です。私が思うにまれに見る労作であります。写真家故比嘉康雄さんの写真をはじめ写真を多数使った読みやすい形になっていますが、内容は重く、ひとすじなわでは理解できない。彼から読み終わったら感想を言えと言われましたがいまだ考えがまとまらず、返事ができない状態です。 この本のなかで、「黒神」について触れられています。 『大重フィルムは「いのち」(生命)が主旋律である。「人間の根源」に絶えず目を向けつづけ、今の私たちに如何に生きるべきか…を提示し続けている(中略)』とか 『岩盤のなかで変わらず流れている水脈のように、人々の暮らしは歴史の変遷にも動じることなく自然と融合し、大地に根付いた生活文化、精神文化を培っていることを映像で表現することが、大重映画の想像力の原点となる。(中略)1970年、大重潤一郎が抱いた「黒神」という島社会へのまなざし…。それは、人と海と大地とのつながりを意識し、記録映画を作り上げる作風の原型となった。』と鋭いご指摘をしております。 いい本です。縁があったらご一読を。 話は変わります。先日、降りしきる雨の中、とある駅前のバス停で30分近く来ないバスを待っておりました。やっと来たバスに乗車。同乗の女性が別の女性に「遅刻ですよね」と話しております。やっと会場に着き、場内に入場。上映開始から30分たってます。そんなことかまわず鑑賞開始。 作品はフレデリック・ワイズマンの「ストア」アメリカダラスにある名門百貨店のドキュメント。2時間の内頭4分の1見過ごしても、違和感無いのがワイズマンというところか。 今交通費を出しても見たいのがワイズマン。会場は武蔵小杉が最寄り駅の「川崎市民ミュージアム」です。続いて見たのがアメリカ有数のウィンタースポーツの名所「アスペン」四季を通じて撮っている。長い割りにちょっと散漫。夕方になっても雨は降り止まず、バス停の屋根が雨宿りになってうれしい。バスに乗って気がついたが全線200円均一みたいだ。このバスの終点は川崎駅西口北だそうなので、終点まで乗ることにした。 昔ロケしたことのある東芝工場の前を通る。その時が思い出された。応援で行った現場で、診療所のシーンで役者の医者が役者の女子従業員を診察する場面でした。演出家が、問診の医者が聴診器当ててるところを撮るけど女優さんに「胸出してくれる」と言ったら、彼女こっくりうなずいて清楚な胸をだしたことが、自分にとってはショックで強い印象に残っている場所でした。バスは雨の中、約1時間かかって終点に到着。 次の日もワイズマン。「病院」は劇的な内容もさることながら、よくまとまっていて佳作といえます。どんな情況でもカメラとテープを回し続ける決意みたいなものを感じます。馬鹿でかいホットドッグの昼食をとり、昔住んだことのある近隣を散策する。昔のおもかげは皆無で釣堀になっているあたりが、残っているといえばそうなのかも知れないが変わってしまった。当時居た二間平屋建ての草ぼうぼうの借家が思い出される。むさくるしい男所帯に興味を持って時々遊びに来ていた隣家の女子高校生が可愛かったな。大人の男への好奇心があったのかも知れない。 3時から「競馬場」を見る。博打の現場でどろどろした人間模様が出るのかと思ったら、人間と馬の関係に主眼がおかれて馬に対する人の愛情に優しい目が注がれている。今回の4作を見て、あれっと思ったのは、必ず教会の牧師さんの説教が出てくることです。あのお説教というのは言ってることが抽象的なので面白くないし退屈。しかし3~6分くらいどの作品にも出てくるから、ワイズマンさんよほどクリスチャンなのか信心深いのか。意味を込めてるとしたら、わたしは理解能力ゼロで失格です。そういえば隣の女子高生から手製の布カバーをかけた聖書をプレゼントされたのを思い出した。鈍感でしたな。 それはさておき、何が「黒神」と関係あるかといいますと、待ち時間のあいだこの「川崎市民ミュージアム」の過去上映したプログラムのチラシがありましたので見ていたら、あったのです。「黒神」がここで上映されたのです。えっと思いましたね。自主上映が当たり前で、それ以外で上映されたことは聞いたことが無かったのでびっくりしました。このミュージアムのプログラミングは昔から特異で注目していたのですが「黒神」をやったのですね。知らなかった。 題して「35mm自主制作映画の興隆」という特集で1963-1977に制作された16作品が2001年11月に上映された。「黒神」のほか「河 あの裏切りが重く」「無人列島」「略称連続射殺魔」「冒険者たち」「異邦人の河」などがある。特に最後の「異邦人」は演出部に誘われたこともあり懐かしい顔ぶれが並んでいる。 「黒神」についてこのチラシの解説を引用いたします。「岩波映画製作所で助監督を務めていた大重は、同じく助監督仲間の山崎祐次、橋浦方人、四宮鉄男らと集団「サイクル8」を結成、鹿児島県・桜島付近の黒神という集落を舞台にした劇映画を完成させた。オリジナル35ミリプリントによる上映。」とあります。上記3人は当然知っていますが「サイクル8」は聞いたような知らないような感じで、良く分からないですね。いずれにしても「黒神」が自主上映以外でこういった特集で上映されたことは、私にとってはひとつのニュースで、番外編として記した次第です。 まあ、「黒神」はこのくらいにして、今は大重潤一郎畢生の大作「久高オデッセイ」に注目しましょう。 先日、大重に電話したら13回目の肝臓がん手術で上京中とのことだったが、めげない男の目指すものは何か、大いに期待するしかないでしょう。 人がある風景を見て何を感じるか。その風景の意味は、そしてその風景の彼方の空は何を語るのか。その空の色が変わる現象。人間の生き方とあるがままの自然との対話は……自分は、いや人間とは何なのか、考えざるを得ない気持ちにさせられる映画、それが『久高オデッセイ』です。 それはそうと廻しているのかな。ちょっと陣中見舞いに行かなくてはと思っています。 ![]()
昨日日本アカデミー賞が発表されたようで、前年度の映画関連の賞も一段落というところでしょうか。(これはその当時書いた文なので、今は時期遅れですが、途中まで書いていやになり、とりあえず、非公開でアップしておいてかなりたってから続きを書いているのです。前に書き終えた文が誤操作で消えてしまい、頭にに来ながら再度挑戦という次第です。こういうのは精神衛生上はなはだよろしくないです。) 気分一新して書きましょう。いろんな芸術多々ありますが、順位付けという点で、公にベストテンなりを発表する分野としては映画というジャンルが一番お盛んであると思われます。特に雑誌メディアは熱心でキネ旬に関して言えば戦前から毎年発表していますし、映芸もベストテン、ワーストテンプラスマイナスによる順位付けでここ数年続いています。 両誌とも数十名の選者が10本を選び点数制で多い得点からベストテンが決まる。多数決による選出だから文句のつけようが無いように思えるが、少数ながら熱烈支持する作品のある人にはちょっと悔しい思いが残る行事であります。だから時々何故どうしてと思える作品がベストワンなんてこともある。誰もが10点を入れたのでなく、無難に7,8点積み重ねたほうが、合計点でなんとなく1位に祭り上げられたなんてこともあるのです。相対的な関係で選出されるからしょうがないですけどね。そのへんが問題といえば問題か。 とはいうものの、選ばれるほうにとっては重要な評価のひとつなんですね。次回作への後押しポイントの一つかもしれないからです。そう考えると各選出者もある程度心してかかる必要あるのではと、老婆心ながら心配いたしておりますが。 新しい映画が叫ばれておりますが、映画は高々120年足らずの歴史の第七芸術。やはり古きを知って新しきを知る温故知新が必要です。どんな名作があったかそれらを知ること、そして見ること、いろんな勉強が必要だと思いますが、デジタル撮影機器の出現で、誰でも安価に映画が作れるようになり、歴史など知らなくても大いに結構という時代です。しかし、映画検定などという試みとは別にこれから映画に取り組もうとする皆さんは、映画の古典についてはしっかり勉強して下さいと言いたい。見世物、娯楽から人の心を動かす芸術へと進化してきた映画について、簡単に作れるようになった現在だからこそ、その仕組み、構造、表現方法、についてしっかり過去の遺産を熟読吟味して欲しいのです。現在はビデオ、DVD等でいくらでも勉強できます。昔は名画座、フィルムライブラリーなどをめぐって必死だったのですが、それを言ったらお仕舞いよ的なことなんで愚痴はやめるとして、これから映画を目指す人は文明の利器を効率よく活用し勉強して下さいとしか言えません。 その勉強の手立てとして過去のベストテンはある程度の指針となるでしょう。その当時どんな映画が選ばれたか、そしてその作品が示したものは何なのか。興味尽きないところであります。 話は変わりますが、今でも続いている松本近隣の映画愛好家のサークルに、私も入っているのですが「松本シネフレンド」という団体がありまして、昔から会員のMYベストテンを集めて発表しています。一番最初が洋画が「ナテュラル」邦画に「Wの悲劇」がベストワンに選ばれていますから相当昔のことです。当初は30人近くの会員が投票して、キネ旬よろしく点数を合算し高ポイントの作品をを一位に選びました。毎年機関紙を発行しました。その後諸々ありまして、現在は7,8名のメンバーの自主投票で合算はせず、各々の原稿そのままをシネフレンドのホームページに掲載されてます。 ちなみに2011年の私が選んだベストテンは次のとおりです。順位は1位だけは確かですが、後は順不同です。選考理由とか、総評などは「松本シネフレンド」のホームページを見て下さい。 http://homepage3.nifty.com/y-maruy/mcf/mybest_2011.html 「奇跡」「その街のこども」「ヘヴンズストーリー」「冷たい熱帯魚」「ヒアアフタ-」「トゥルー・グリット」「東京公園」「ショージとタカオ」大鹿村騒動記」「中国娘」
来る9月30日(金)19:30まつもと市民芸術館にて松本CINEMAセレクトの上映会があります。作品は石井裕也監督の「あぜ道のダンディ」。何とその主役の光石研さんが来場してくれることになりました。セレクトでゲストを呼ぶ場合は監督などのスタッフ系が多く、キャストはあまり来ないのですが、今回は光石さんがいらっしゃいます。近来では柄本時雄さん以来で画期的な出来事と言ってもいいでしょう。 光石研さんといってもなまえと顔が一致しない方もいるかと思いますが、最近ではと言っても古いけどNHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」で松阪慶子さんの亭主役でちょっとひねた戦争帰りの人と言えば思い出していただけるでしょうか。3年前にデビュー30周年の彼個人だけの映画祭を渋谷で開催されましたから、芸暦はかなりのものがあり、渋い脇役として最近の映画界では引っ張りだこの人です。 今回は「川の底からこんにちは」の石井監督ですから、ちょっとずれた感じのユーモア溢れる作品になっているのではと期待が持てますし、主役に光石さんその親友役に田口トモロヲさんですからふたりの絡み合いが今から楽しみです。光石さんはデビュー作「博多っ子純情」で主役を演じてますから33年ぶりの主役です。もっともNHKのテレビドラマでは主役をしてますけど。 さて、私が光石さんに感じていることをあれこれ書かせてください。私が彼に注目したのは青山真治監督の「HELPLES]です。ムショ帰りの片腕のやくざ役でその狂気溢れるすごさに圧倒されました。主役の浅野忠信さんも彼にひきずられて狂っていく様は背筋が寒くなりました。その怖さは今でも語り草で、この映画が光石さんの転換期だったと言われております。次に凄いと思ったのは、李相日監督の長編デビュー作「BORDER LINE」です。 これもヤクザ役ですが、落ちこぼれヤクザで組の金を持ち逃げしてる役だ。その彼が父親殺しの少年と出会い、いろいろ諭すなど難しい役どころを演じてます。ですから一筋縄ではいかない複雑な性格の役どころが多く、それだけに観客は不思議な魅力を感じるのです。ある時はチョー怖い人だったり、ある時は心優しい小心者だったりその幅広い芸風は伊達に30年過ごしてきたわけではないのです。 又青山真治監督との相性がいいようで「ユリイカ」「サッド・バケーション」でも重要な役を演じている。相性のいい監督、俳優の関係はおのずと相乗効果でいい作品つくりになっていくようだ。変な意味じゃないご常連が出ることによりお客は安心して映画を楽しめることはいいことだと思います。 と書いてきながら、その当人が来ていただけるということは、これは凄いことなんだと、だんだんわくわくしてきました。皆様、是非とも30日はまつもと市民芸術館にご参集くださいますよう、切にお願い申し上げます。 お勧めついでに9月25日(日)10:00、13:00の2回Mウイングにてドキュメンタリー.ムービーと銘打った井手洋子監督の「ショージとタカオ」が松本に登場です。2010年キネマ旬報文化映画部門ベスト.テン第1位受賞作品ですので、昨年数多く作られたドキュメンタリーの頂点に君臨しているのがこの映画です。 158分という長尺ですが、納得堪能できる作品だと思います。こちらも見てください。待ってます。 ![]()
「太陽に灼かれて」1994 ニキータ・ミハルコフ 国連軍縮会議関連行事で行われた「非戦・共生映画祭」で上映された「戦火のナージャ」を見ていてなんか前にあるような気がしましたが、チラシによると前編がこれと言うわけです。まさか家にあると思ってませんでしたが棚の奥にありました。それで急遽鑑賞いたしました。ハイビジョン映画劇場とあるからそう旧くないのだがなんせ字幕が手書きで焼きこまれたプリントで、肝心のコトフ大佐の妻と諜報機関の男の関係が明かされる場面が明るく字幕が読み取れない。非常に腹ただしいのですがやむをえないので見ておりましたが、流石ミハリコフ、集団パーティー場面は見せてくれます。大勢の出演者がバランスよく話し、話の確信に迫っていくあたりやはり興奮させます。それと純粋無垢のナージャの使い方が大人のドラマに絡んできて、はらはらさせるなどうまいもんです。これを見て「戦火のナージャ」を見ればある程度理解できます。ただあれだけじゃ終わらないと思います。ナージャの成長とコトフ大佐の行く末、又続編が作られているようなので楽しみです。「戦火のナージャ」は話にバランスを欠いていますが、実の娘に上半身ヌードを要求するミハルコフ、どこに行くのか。
異例の速さで更新です。要は忘れちゃうから早く書かなくちゃ、です。 「ラスト・オブ・イングランド」1987 「ザ・ガーデン」1990 「ヴィトゲンシュタイン」1993 デレク・ジャーマン 今原発関連の映画が見直されてていろいろ取り上げられていますが、そういえば、デレク・ジャーマンが原発工場を背景に撮った映画があったなと思い出し、それがなんという映画だったか忘れたので確かめるつもりで、ジャーマン映画の撮りためテープを探して調べてみました。それが上記の作品です。 「ラスト・オブ・イングランド」は見てびっくりしましたが8ミリ映画のオンパレードで、めまぐるしい事おびただしい。ですからスートリーと言ったようなものは無く、イメージとイリュージョンのごっちゃまぜで見る人自分自身で感じてくれということですね。メカスやアンガーが活躍した初期のアメリカアンダーグランドシネマみたいなものです。誰の家族か分かりませんが、カメラ目線でカメラを見つめ笑っているファミリーのホームムービーが、効果的に挿入されてて、何を見せられてるのかアマチュアが撮っている様で錯覚しそうになります。テロリストが出てきて男を銃殺したり、ゲイの男性のからみがあったり、本当に支離滅裂で、見る人が感じればいいということなんでしょう。だから良く分からず。 「ザ・ガーデン」これが原発登場映画でした。ジャーマンの別荘の庭の向こうに原発工場があるのです。そこから出ている送電線をバックにキリストが出てきたりして意味深な感じです。こちらはどうにかストーリーらしきものがあるのですが、聖書を題材にした福音書の有名場面のオンパレードですが、そういう話はわたしは弱いところキリスト教的知識が無いので残念です。見せ方にしても、そこはジャーマン、手持ち8ミリ映画で画面を振り回しております。ちゃんと撮ってるところもありますけどね。それとスクリーンプロセスのあるセットでのいろんなエピソードが時々入ってきて、分かったような分からないような。本当に困るね。但し、原発に関してはかなりはっきりした反対口調のナレーションが入ってちょっとびっくりしました。 「ヴィトゲンシュタイン」はそれまでに比べかなりまとも。実在した貴族出身の哲学者の一生を、一口話風にあるときはセットでそれ以外は黒バックでエピソードを並べて描いております。彼の兄弟に戦争で右手を失った左手のピアニストがいて、そういえばラベルが彼に曲を献呈したらしいことは私も知っていて、あの人の弟かと思い出しました。ジャーマンが何故彼を描こうとしたか。ちょっと不思議でしたがそれは彼もゲイだったからとしか言いようがないです。その辺もさらりとしているのがいい。哲学者としての業績はわかりませんがかなり我の強い主人公の人となりを良く描いています。これは脚本に複数人が絡んで練った結果でしょう。 「記憶の彼方へ デレク・ジャーマンラストインタビュー」1993 ケン・マクマラン 30分の短編記録映画でタイトルとおりジャーマンのインタビューでやつれた彼しか出てこない。 画家志望の彼がケン・ラッセルの「肉体の悪魔」で美術をまかされ、それ以後映画界に入ったとのこと。それと個々の作品について語っている。このとき彼はエイズに罹っていてその前にゲイであることをカミングアウトしていたそうだ。ケン・ラッセルと接点があったことは、さもありなんと言えますが私としてはラッセルの作品の中ではこの「肉体の悪魔」が一番好きだ。中世の教会が舞台のこの映画魔女狩りで最後に自分を貫いた司祭が火あぶりにされる話で、宗教裁判での心理劇などからみ、かなり面白かった。岩波時代、羽田さんについていた時、編集疲れで近所の喫茶店で一息入れていて羽田さんと雑談中、最近のお勧め映画はと聞かれたのでこの作品を上げました。何故と聞かれ、そこから私はこの映画の良さについて微に入り細に入り語って休憩時間を大幅にオーバーしたのが思い出されます。「見てみたいわ」羽田さんの暖かいお言葉でした。脱線しましたがこの記録映画撮影時ジャーマンは50歳そこそこのはずだが、70歳を超えたような容貌で、lつらそうなしぐさが痛々しい。翌1994年に逝去、ご冥福お祈りします。 「セバスチャン」1976 デレク・ジャーマン ポール・ハンフレス ついでにもう一本あったジャーマン監督作品を見ることにした。前作のインタビューでも自ら言っていたが公開当初はスキャンダラスな評判が立って大変だったようだ。サン・セバスチャンの殉教を題材に別のセバスチャンを主人公に作られた作品だが、主題はゲイを認めさせようと言うことだから(多分)一筋縄ではいかないのは承知していたようだ。そちらのほうに興味の無い私ですが、波打ち際で戯れる全裸の二人の男のスローモションはある程度きれいだと思うくらいですから(あくまでも映像的にですよ)、ジャーマンの思惑大当たりではないでしょうか。何しろこの作品、男性のブツがやたらと出るので、その都度モザイク修正も大変だったのでは。最後にセバスチャンが全裸で杭に繋がれ矢で何回も撃たれるシーンはまさに宗教画ですな。それにしてもBSとはいえNHKがよくこれを放映したものです。このビデオを録画したときにちょうど地震があって関東から沖縄まで津波注意報が出て画面下半分は地図上で注意地方を点滅させるのが堂々と出ていて、解除された後も上三分の一に「午前4時何分に注意報は解除されました」とその旨のスーパーが10分以上出っ放しでこの映画の五分の四の時間、画面は常に邪魔されていて、やはり呪われた映画なのかなあと思った次第です。 「マーラー」1974 ケン・ラッセル ラッセルの話が出たところで棚を見てたらこれがあった。先月シネマセレクトで同じ題材の「マーラー君に捧げるアダージョ」パーシー・アドロン監督を上映したばかりなので比較の意味で見てみた。ほぼ同じなんだが両監督が取り上げた共通エピソードはマーラーが妻アルマに作曲を禁じたこと、(こちらでは自ら譜面を埋葬してますが)、とアルマの不倫が取り上げられている。ラッセルだからアドロンより過激で飛躍が多すぎる。不倫に対する夢想とか宮廷歌劇場指揮者になる為ワグナー夫人コジマとのやり取りを戯画したシーンなどちょっとやりすぎじゃないかしらと頭を傾げたくなります。確かこの映画も一人セレクトで上映され時見ていて、ちょっと辟易したのが思い出されます。しかし、そこがラッセルの良さ、モザイク見たいにちりばめられたマーラー曲の流し方など感心していいところも多々あります。4番なんかいいですね。 ![]()
最近ある事情で家に居なくてはならなくて、昼間から自宅にこもりぱなしです。いつもと同じじゃんと言われればそうなんですけど、この暑いさなか読書も少々つらいので録りためビデオを引っ張り出して鑑賞することにいたしました。あれこれ感想文みたいなものを綴ってみます。 「セカンド・サークル」1990「ストーン クリミアの亡霊」1992「静かなる一頁」1993 アレキサンエドル・ソクーロフ まず最初に取り出したのがこれ。食わず嫌いと言うわけではないですけど、なかなか見る気がしなかったのですがやっと見ました。ちゃんと見れたのは最初の「セカンド・サークル」だけで、これは別居していた父親が死亡して事後手続き等に翻弄される若者の話で身につまされるところもありますが、何か不条理感が漂っていてなかなかいい映画でした。次の「ストーン」は最初から何がなんだかさっぱり分からない。お化けみたいのが出てきているのだろうと思うのですが、要は私の理解不足なんでしょう。訳があって無い様な風景の長いショットがあったりして、その意味を見つけようと努力するが、何なんでしょうね思っていると次に移ってしまって訳分からんで、まったくのお手上げでした。「静かなる一頁」もわからん部類ですね。ドストエフスキーの「罪と罰」みたいでもあり、いやそうでもなかったり、ストーリーを追うようなつくりになってないので、これまた困るのです。そして訳の分からんまま終わりました。三倍速の画質の悪さで暗い部分が良く分からなかったからかもしれません。 「勇気ある追跡」1969 ヘンリー・ハサウェイ いま開催されている八ヶ岳山麓の原村の「星空の映画祭」で上映されてるうちの一本「トゥルー・グリット」の原作版です。女の子にキム・ダービー、彼女を助ける保安官がジョン・ウェンでなかなか良くできてます。ヘンリー・ハサウェイの演出はべたべたせず、さらっとしているところが真情なんですが、当時の西部劇にしては珍しく2時間を越える長尺で単純な話の割には丁寧にいきさつを描いています。彼には昔「向こう見ずの男」と言う青春西部劇の傑作があります。ドン・マレーとダイアン・バーシのコンビで、追われる男の悲哀と微かな恋情がマッチしたいい映画でしたが、世間では無視されてるようでトンと評判も聞かない。さてこの映画のジョン・ウェンはあまりアクが強くなくほどほどで、可愛い女の子を見守るいいおじさんになっている。黒い眼帯をしているのだが、ジョン・フォードへのオマージュか。そういえば悪漢団(こういう言い方も古いね)の一員にデニス・ホッパーが出ていた。気の弱そうな青年役で、「ジャイアンツ」からの独特のイメージですね、それをここでも演じています。その彼が「イージー・ライダー」でイメチェン。あの時はびっくりしたなあ。脱線しましたがこちらはとにかく見てほのぼのさせられました。 「教授と美女」1941 ハワード・ホークス 頭のタイトル見ててびっくりしました。脚本がチャールス・ブラケットとビリー・ワイルダーではありませんか。流石凝った話つくりで、あれよあれよと話が展開し見事大団円を迎えます。ありえないシュチエーションなのに堂々と話を進める強引さ、小道具の使い方のうまさはワイルダー一派の脚本、それをいとも簡単に料理するのがホークスですからこたえられない面白さ。ゲーリー・クーパーのすっとぼけ役もさることながら、ヒロインのバーバラ・スタンウィックの魅力満点。歌って踊って演技してですから。そういえばギャングの親分がダナ・アンドリュースで子分役で見た顔だと思ったらダン・デュリエでした。どうも考えると「お熱いのがお好き」の原型はこの辺にありそうですな。刑事と補聴器のギャグはここでも使われてます。主人公に返されたダイヤの指輪のエピソードは「アパートの鍵貸せます」の割れた鏡のコンパクトですね。今まで見てなかったのが悔やまれます。まあやっと見れたからいいですけどね。 「スペンサーの山」1963 デルマー・ディビス 雄大なワイオミングの山々に囲まれた谷で暮らす一家の物語。いい事尽くめで少々甘いけれどそれなりに見られるホームドラマです。ヘンリー・フォンダとモーリン・オハラの夫婦に8人だか9人の子が居て、主にここでは高校卒業する長男=ジェームス・マッカーサーの成長物語にしている。そしてラストは大学に入学する為バスに乗り込む長男を家族全員、先生・牧師が送ってくるのです。こういう別れのシーンはどの国の映画であれジーンときますね。母親役のモーリン・オハラが存在感を出していて素晴らしい。ディビス監督は製作脚本監督をこなしていて思う存分やりたいようにやっているけれど、「決断の3時10分」みたいなサスペンス物のほうが向いてるような気がする。彼の西部劇「折れた矢」は初めて先住民に勝ちを出した作品として知られている。 ![]()
今回は宣伝です。 今日から開催された「第23回国連軍縮会議in松本」開催を記念して、わがNPO法人コミュニティシネマ松本CINEMAセレクトでは、「心に灯る、かすかな光。ともに生きる平和の祈りを今、世界に。」と銘打ち「非戦共生ーともいきー映画祭」を7月30日、31日にまつもと市民芸術館小ホールにて行います。 上映作品は次の6本。 「ひろしま」1953 日本 監督・関川秀雄 英語字幕付 30日10時半 この映画祭のオープニング上映作品 セレクトでは今年3月にも上映したが英語字幕付で再度上映。 熊井啓さんが初めてついた助監督作品です。地獄絵図のような原爆投下直後の情況を丁寧に再現。モブシーンのスケールが大きく、この映画にスタッフ、エキストラがかけていた息込みに頭が下がります。 アフタートークにこの映画を全世界に紹介しようとしているプロデューサー小林一平さんが出演します。 「ミラル」2010 フランス=イスラエル=イタリア=インド 監督ジュリアン・シュナーベル 日本初公開プレミア上映 31日12時 少女の目に映るエルサレムを描いた映画、「パスキア」「潜水服は蝶の夢を見る」のジュリアン・シュナーベル監督が過酷な現状を強いられる地を平和と和解の願いを込めて描く。 アフタートークは松本市出身の戦場写真家村田信一さん。 「Peaceピース」2010 日本=アメリカ=韓国 監督想田和弘 30日13時 31日20時 観察映画「選挙」「精神」の監督想田和弘さんが見つめた観察映画番外編、岡山で暮らす人々や猫たちの何気ない日常。「平和と共存」がテーマ。 30日の上映はアフタートークに監督の想田和弘さんが登場します。 「戦火のナージャ」2010 ロシア 監督ニキータ・ミハルコフ 30日16時 31日17時 なんてたってニキータ・ミハルコフです。「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」見ました。あのときの鋭さはもう無いと思うが、出たがりミハルコフ、今度は娘さんも共演。 「バビロンの陽光」2010 イラク=イギリス=フランス=オランダ=パレスチナ=UAE=エジプト 監督モハメッド・アルダラジー 30日19時 31日10時 ベルリン映画祭でアムネスティ賞 平和賞同時受賞のこの作品は 欧州各国が製作支援しました。 子供の目を通して真実のイラクの姿が現れる。 「ピンク・スバル」 2010 日本=イタリア 監督小川和也 31日15時 ニュースでは知ることができない、紛争地の瑞々しい日常を日本人監督が描いた多国籍ヒューマン・ドラマ。 以上6本ごゆっくりお楽しみください。 本物の軍縮会議が実のある有意義なものになることは言うまでもありませんが、こちらの共生(ともいき)映画祭に皆様是非来てください。前売りもありますが、2作品の回数券2200円がお得です。これは当日のみ発売との事です。 お待ちしてます。
昨日テレビを見ていたら、世界遺産の姫路城についての番組の中で、お城にまつわる女性たちを演じたりお城をレポートする役に中越典子さんが出ていた。この女優さんについては最近注目していて、NHKBSの「熱中スタジアム」の司会などで妙な色気のある人だななんて思っていましたら、その日たまたま見たNHKの「スタジオパークなんとか」というインタビュー番組にも登場してきた。それを見てますます魅力的な人なんだと思ったわけですが、彼女は最近演劇に凝っていて、何本か出演しているようでして、私の居る地方にも何回か公演で来ていたようでした。一番最初に来たとき、たまたまその時の座長と立ち飲み屋で行き会ったりしたのですが、後になってこりゃ見逃したワイと思った次第です。最近も「金閣寺」で来たようでした。「サラリーマンNEO」での軽妙な芝居も出来て、今後期待のもてる女優さんに大成して欲しいです。 女優さんといえばこの前NHKBS で「邦画を彩った女優」ということで、夏目雅子、高峰秀子、岸恵子、桃井かおりの4人について各1時間づつのドキュメンタリー番組をやっていました。おのおの彼女らにまつわった人々のインタビューで構成されていたが、彼女らの女優としての歩みと努力には頭が下がる思いでした。 やはり女優を生かすも殺すも監督次第のところがあり、女優は監督により磨かれるということでしょう。夏目雅子さんは五社英雄、相米慎二、篠田正浩の各監督作品で次々と成長していったし、高峰秀子さんには木下恵介と成瀬巳喜男の両監督なしではあれだけの大成はしなかったでしょう。岸恵子さんは大庭秀雄、木下恵介、小津安二郎、豊田四郎などいるけど、やはり「おとうと」で組んだ市川崑監督が印象深いという。桃井かおりさんはいろいろの新しい監督と仕事してますが、最初が田原総一朗(処女作にまつわるエピソードは傑作)で藤田敏八、神代辰巳、東陽一の各監督だそうで、面白かったのはあのゴジこと長谷川和彦さんがインタビューに出ていてあれこれと裏話を披露していました。話もいいけど撮ってくださいよ。 いい監督とめぐり合った女優さんは幸せです。それと彼女らのプロ意識の持ちよう次第で、大きく羽ばたくかしぼんでしまうかの違いでしょう。私みたいな観客たちは「彼女これからブレイクするんじゃないかな」、なんて予想しながら見守ってやることが大切なのかもしれませんね。 ![]() ![]() 先日この映画がNHKBSで深夜に放送され録画した。早速次の日録画がうまく行ってるかどうかチェックした。頭だけ見て終わる予定だったのに、面白くて目が離せず結局そのまま全編終わりまで見てしまった。 この映画は日本公開封切り時に見てから、何回映画館で見たことか数え切れない。テレビ放送されるたびにも欠かさず見ているくらい好きな映画です。内容はアメリカの無名青年飛行士リンドバーグが1927年ニューヨーク、パリ間の大西洋無着陸横断飛行に世界で最初に成功した記念碑的壮挙を、彼の手記に基づいて映画化されたものです。 私が多感な高校時代、こういった困難を乗り越えて夢を達成したサクセスストーリーに感激しただけなんだが、何としても感心したのは自由闊達に練り上げられた映画の語り口です。脚本監督がワイルダーだから当たり前なんですが、私はワイルダーの作品系列の中では異質な作品ではないかと考えてます。原作があって実話という点、とか生真面目さあたりがワイルダーワールドから見ると違うように思います。例えば、ニューヨーク出発時の離陸するときのサスペンスやアクション描写は、ワイルダーこんなことできるのという感じなんですが。もっとも高校時代私が最初にワイルダー映画を見た一番最初の映画がこれですから、異色作から入ったというべきでしょうか。 その後私はワイルダーフアンになって、ほとんどの作品を見ています。いまだ私の生涯ベストテンは「お熱いのがお好き」ですと公言しております。進歩してないね。 高校時代感激のあまり、研究社刊の「映画会話台本シリーズ」の中の「翼よ!あれが巴里の灯だ」を買い込みました。英語と日本語対訳本で左に英語、右に日本語が載っていて分かりやすいのですが全部通読した覚えは無いです。 本棚ひっくり返してたらこの本が出てきました。昭和32年発行で定価130円。表紙裏から当時の映画雑誌「映画の友」か「スクリーン」のどちらかの記事の切り抜きが挟まっていました。筆者は津村秀夫さんです。彼は当時朝日新聞にQという筆名で映画評を書いていて、ま、当時の映画評論家の中では大御所といわれた人で、飯島正さん、双葉十三郎さん、淀川長治さんなど活躍されてた頃の人です。その人が興奮気味に書いた記事を私は切り抜いていたのでした。写真入で計6ページにわたってこの映画について語っています。小見出しの文に「映画が映画でなければ表現出来ない素材を料理したという意味で、如実に『映画の世紀』到来を感じさせる映画」とあります。 そして結びに「リンドバーグの体験は1927年の大昔のことではあるが、それをこういう形式で映画にしたのは着眼点の新しさである。それは「戦争と平和」という小説文学の大傑作を映画化するよりは、はるかに新しい着眼である。今世紀後半、あと30年も40年ものちの世の、映画の姿を私に空想させるものがあったのである。」 と言い切ってます。それだけインパクトが強い映画だったのでしょう。 私が気に入っているのはタイトルバックの画です。アメリカ西部の荒涼と連なる低山の上を豆粒ほどの飛行機がゆっくりと移動しています。その飛行機につけてカメラはパンしています。この何気ないカットがこの映画の作者の姿勢あるいは視線を示しています。 実話ですからドキュメンタリータッチかというとさにあらず、完全な劇映画として成立しているところが素晴らしい。例えば、リンドバーグがニューヨークを飛び立った後、コンパクト鏡を飛行機のために提供したフィラデルフィアから来た娘が帰りの列車の中でお化粧しようとしてバックを探してコンパクトはやったんだと気づくところとか、以前不時着して列車で行き会ったズボン吊りのセールスマンが、リンディー壮途と書かれた新聞を同じく列車の中で読んで喜び、自分のズボン吊りをパチンとはじくところなぞ、まさに劇映画での場面なんです。そういえばこのセールスマン最初の出会いも新聞読んでました。途中彼の名刺がうまく使われてました。又、娘のコンパクトはその後、最大の出来事に活躍するのですが、まさに劇としての作り、伏線が縦横に張り巡らされていて、ドキュメンタリーとしてではなく、劇仕立て、つまり劇映画として創る姿勢が効いてくるのです。ラストの格納庫での愛機との対面シーンは言葉無くても、胸にぐっと来て、ウルウル物でしたが、ドキュメンタリータッチだったら、この感動を呼ぶかということですね。 さて、この題名大げさすぎないですか。大時代的な題名ですが、原題は「The Spirit of St.Louis」 という飛行機の名前で、リンドバーグによる原作もそうなってます。では何故という疑問ですが原作本の翻訳者のあとがきを見て解明しました。原作はリンドバーグが1953年に回想録として発表して、ピューリツァー賞を受けている。 日本では佐藤亮一さんが抄訳を出したが、その後旺文社文庫に上下2巻の全訳本を1969年に刊行しました。その下巻のあとがきに「不屈の心の持主とはいえ、まる三日間六十余時間不眠不休の奮闘は、まさに超人的であり、それだけに三十三時間半で三千六百マイルを飛び、はるかにパリの灯を見たとき、彼は思わず『翼よ、あれが巴里の灯だ!』と心に叫んだろうというのが訳者の私の気持ちである。原題からかけはなれた題名ではあるが、その思いを私はそのまま本書の題名とした。映画も同じ題名である。」とあります。上巻にも訳者による詳しい解説が書かれていてその末尾に「本文庫の題名は訳者の創意によるもので、映画化された際の題名も本文庫の題名によったものである」だそうでああ、そうでしたかということでよく分かりました。この本もいい本です。原作本、対訳本、この映画の影響が無ければ買ってないですね。 今から15年前、私はアメリカのワシントンに行ける機会があって、スミソニアン宇宙航空博物館で 天井から吊るされた本物の「Spirit of St.Louis号」を見たとき、この映画が思い出されて感無量になったことを思い出します。ちょうど劇中ジェームス・スチュアートが最後に、この飛行機と対面したときのような感じで……。 < 前のページ次のページ >
|