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いまや死語と化した「総天然色」という言葉、ご存知でしょうか。これは、映画の広告上の表現の一種で、映画の題名の近所につけられている文字で、この文字があればカラー映画であることを示しており、映画を宣伝する上で、モノクロかカラーで興行成績にも影響する文言なのであります。カラーが溢れている現在からは考えもつかないかもしれないが、1950年以後は映画のカラー化が進み、総天然色である事はその映画にとってひとつの勲章というか、売るためにとって大きなメリットであったわけです。見る側は単純に白黒映画より豪華に思えた訳であります。同じ入場料なら天然色映画に行こうと思うのです。西部劇やミュージカルを考えてみてください。効果が違います。 本棚から古そうな雑誌を引っ張り出し、当時の映画広告を確認しようとしたら、たまたま裏表紙に「日本最初の総天然色映画」-1951年度を飾る大松竹空前の壮挙ーとして木下恵介監督の「カルメン故郷に帰る」の広告が出ていました。雑誌名は「映画新報」6号目の1950年10月号でした。定価85円ですが、鉛筆で30とあるから古本屋で30円で買ったのでしょう。今は無い雑誌ですが「キネマ旬報」的な興行主向けの記事が多いようです。 中を見たら、偶然にも特集で「天然色映画の問題」が載っていて、あの岡本太郎さんが「絵画と天然色映画」という文を寄稿したり、国産初のカラー映画を喜ぶといった特集でした。 他に面白いのは各社助監督の匿名座談会「夢の工場の内幕」日ごろの恨みつらみを言い合ってます。又、冒頭のグラビアページに「日本映画シナリオライター名鑑」と称して99人が写真入りで出ています。内3分の1は監督で、小津、木下、黒澤等が載っていて、さすがに溝口は出ていない。女性は2人で橋田寿賀子と水木洋子さんでした。 ちょっと脱線しましたがカラー映画を天然色映画と言っていたのは懐かしい思い出ですので、その頃自分で感じたカラー映画あれこれを語らせてください。 昔のカラー映画の場合、必ずCOLOR By 何々とタイトルに出てきました。それらのほとんどはテクニカラーでしたが、ある時からそうでないのもあると気づいたのです。 例えば20世紀フォックス社のシネスコ映画のほとんどはカラー・バイ・デラックスとありました。非常に鮮やか(青春物語)。コダック社のイーストマンカラーというのもあり、MGM映画はメトロカラー(魅惑の巴里)、ワーナー映画はワーナーカラー、これはどちらかというとくすんだような色でした。(ジャイアンツ)(エデンの東)を思い出してください。変なのはリパブリック映画(横向きの鷲がタイトル)はトゥルーカラー、これは非常に青っぽいですね。これはテクニカラーが3色式なのを2色方式で処理しているらしい。従って他の何々カラーとは若干違う。ドイツで作られたアグファカラー、渋い色調でおなじみ(小津好み)。ついでにイタリアのフォルコ・クィリチの記録映画(青い大陸、最後の楽園)はフェラニアカラーなんてのもありましたね。緑がかった色調でした。他に透明感のある鮮やかさのアンスコカラー(略奪された7人の花嫁)。日本ではおなじみ、今や世界で使われているフジカラー(トリュフォーの終電車)。東映みたいに自社現像所で処理すると、それだけで色の違いが出てくる。 その後全世界に進出し画質のよさを売りにしたパナビジョンカメラによるパナカラー?(ナショナルテレビみたいですね)だとかいろいろ出てきました。どうもこれらの冠製作会社の何々カラーの実態はイーストマンカラーのようです。要は初期の現像所の処理、あるいはプリントの現像所で、その作品の色が決まるみたいなところがありますね。 いずれにしても、色彩映画の源流はテクニカラーにあります。1910年代から色彩映画の研究は始まり、1932年3原色の光を3本のネガティブに撮り分け、プリントは3度刷りする染色方式の確立により、「風と共に去りぬ」が現在も尚、鮮やかな色彩を残してくれているのです。 戦後すぐ、イギリス映画は素晴らしい色彩映画を見せてくれました。特にパウエル、ブレスバーガーコンビの「ホフマン物語」「赤い靴」「黒水仙」など素晴らしい色でした。 その後、多層式発色現像方式のフィルム(イーストマン、フジ、アグファなど)が登場し、そのままポジにプリントすることもあれば、テクニカラーの染色方式によりプリントすることもありました。ですから、撮影はイーストマンカラーで撮影し、プリントはテクニカラーで焼くということもあったわけです。ちゃんとその辺はクレジットタイトルに書いてありますね。 一時期のフランス映画の色彩のよさは定評がありました。ヴァルダの「幸福」ルルーシュの「男と女」タチの「僕の伯父さん」など良かったですね。 でも当時素人ながらも、私はスクリーンで各社の色の違いを見分ける楽しみを持っていたのでした。別にだからどうだというわけではありませんが、セピア調に退色した映画を見ると悲しかったのを思い出します。保存の問題かしら、スコセッシが昔精力的に復活活動の運動をしていたようです。今はデジタルリマスター版で復元しているようですが。 今はどうだか知れませんが、昔の映画撮影現場でEK(イーストマンカラー)フィルムを使うときは色温度の関係でネガはタングステンタイプしかなくて、日中のオープン撮影はラッテン85のフィルターを切り張りしてレンズ前に付けなくてはいけない、なんてことがあったりして、難しいものだと変に感心したことがありました。現在そんな難しいことしたら怒られますね。 はじめまして 「天然色」という言葉を検索してお邪魔しました。 ひょんなことからこの「天然色」という言葉に興味を持ったのですが、おかげさまでだいぶ勉強させていただきました。 ありがとうございました。 いえいえ、モノクロスタンダード主体の映画がカラー化、そしてワイド化していった歴史的変化を体験した者として、何か書き残さねばと思った次第です。恐縮です。 小学生時代に学校で観た{青い大陸」・・・60数年生きても、あれ以上興奮した映画は有りません。
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